HEXAGRAM 54 · 反転
歸妹 — 嫁ぐ妹。賁が形を整える卦であるなら、歸妹は形だけが先行して中身が伴わない卦。両者は形と中身の異なる関係を描いています。賁の飾りには中身がある、けれども油断すれば歸妹に転じる。
歸妹 を読む →PLATE XXII · TWENTY-TWO OF SIXTY-FOURPLATE · XXII · Bì
Bì · Grace · 周易第二十二卦
上卦 ☶ MOUNTAIN · 下卦 ☲ FIRE
卦辭
卦辭
彖 辞
“ 亨る。
小しく往くところあるに利あり。 ”“ 亨る。
小しく往くところあるに利あり。 ”
— 周易、卦22、卦辞。 紀元前1000年頃。
卦辞は通ると告げますが、しかし大きな動きには利あらず、小さな動きにのみ利あり。飾りの卦は控えめに用いるべきで、過剰になればその力を失う、と書は告げます。
象辭
象辭
象 辞
“ 山下に火あり、賁なり:
君子もって庶政を明らかにし、
敢えて獄を折(さだ)めず。 ”“ 山下に火あり、賁なり:
君子もって庶政を明らかにし、
敢えて獄を折(さだ)めず。 ”
— 周易、卦22、象辞。
原典の象辞は続けてこう告げます — 山の下に火があり、それが賁の姿。火は山を明るく照らす。けれども君子はこの象を見て、政務を明らかにはするけれど、軽々しく裁判を断ずるようなことはしない — 飾るべき場と、飾るべきでない場とがある。
この卦が現れるときこの卦が現れるとき
賁があなたの読みに現れたなら、書は未来を予言しているのではなく、ある状態を名づけています。その状態はこうです — 何を言うかと同じくらい、どう言うか、どう見せるか、どう包むかが、今この瞬間に意味を持っている。
古典的な中国の宇宙観において、賁は山の下に火。山は静かに座し、火がその下から明るく照らす。山は変わらず、けれど見え方が変わる。提案の中身は同じでも、その出し方ひとつで通り方が違う場面。長く付き合った人に、改めて誠を伝える夜。新しい仕事に入る初日、服装と言葉遣いを整えるその細かさ。
書が説くのは飾りの正しい用い方です。卦辞の「小しく往くところあるに利あり」 — 飾りは小さく、的を絞って使えば力になる。けれども大きな動きに飾りで挑めば、中身の薄さが透けて見える。今は形に注意を払いつつ、形だけに頼らないこと。
けれども賁はそれ自身では完結しません。文王の序列における次の位置は剝 — 剥がれ落ちること。書はこう告げます — 飾った者は、やがてその飾りが剥がれ落ちる時を見る、と。形が大切な今、その下の中身を疎かにしてはならない。
相 伴 う 卦相 伴 う 卦
Bì に語りかける卦。
あなた自身の問いを尋ねるあなた自身の問いを尋ねる
あるいは、現れないかもしれません。神託は、いま在るその瞬間を読みます —
探しに来た卦をではなく。